№1432 キレてないですよ!!

 誰が一番キレやすいのか?

http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson2.html

 この記事によると、 

  • 少年犯罪が近年急増したというのは、
    マスコミが捏造した世論です。
  • 戦後最もキレやすかったのは、
    昭和35年の17歳です。
  • 50代後半の人間の増加は、
    社会に重大な影響を及ぼします。

 と言う訳なんですね。
現在、いろんなものに過剰な規制が
かかろうとしています。
 R指定なんてのもそうですね。

 そんなものなくても、多くはちゃんと成人もしたし、
立派に生きていらっしゃいます。

 成人指定というのもあいまいです。

 実際の所、R指定がなくても、ぐろいのは
ありますし、R指定があっても、「全然やらしくない」
というものもあります。

 また、R指定があるばかりに、
素晴らしい内容が世間に伝わらなかったりします。

 裸婦像なんかも公開をためらわせるものでして、
秀作としてかなりの数描きましたが、
日の目を見ることは、ほとんどありません。

 たまにゲリラ的に、局部の見えないもの
(基本、みんなそうなんですけど^^)
を載せたりすることもありますが、
評判はあまり芳しいモノではありません。

 まだまだ絵の実力が追いついていないんだ
と言うことで、あきらめてはいますが、
女性の、きわめて体のラインが出た絵
というのは、実に勉強になるのです。

 曲線というのは、これまで避けてきた
「画題」でした。「苦手意識」もかなりありました。

 でも挑戦してみたことで「何か」が変わろうとしています。

 そういう内面的、心理的効能も無視して、
「ただ、裸だから規制する」というのは納得
いかないのです。

 こちらも気を遣いますから、おおっぴらには
しませんけどね。

 とにかくネットという顔の見えない人相手の
ことは、より慎重にならざるを得ないし、
それがベストだと肝に銘じておきたいと思います。

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№1379 習い事なら...

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 資格はねぇ...
腰に爆弾抱えているのと、鬱で長時間脳を
使い切らないもので(あくまで現在の話)
取りたくてもとれないのが、現状。

 実際、鬱の成り立ての頃、資格にチャレンジして
途中挫折しているし。だいたい何かはじめたら、
最後までやらないと気が済まない私が
「途中放棄」せざるを得なかったのだから
これは屈辱だった。

 何より、親がかりでお金まで出してもらっていて、
このていたらく...

 情けなかった。

...それから、時が経ち、
多少心の余裕が出てきた?せいか、
さび落としにと、やめていたイラストを
復活させてみた。

 やはり自分で見てみると、穴だらけなのである。
もともと師匠について習ったことは一度もない。
美術部では、顧問に反発ばかりしていたし、
習うチャンスも自分で棒に振ってしまった。

 教科書と言えば、アニメのデッサン書と
美術書があるくらい。大学の時に
本気で学んでいたのは、こんなものくらいだった。

 なんとか、描いてあることが理解できるように
なってきたのは、つい最近のことである。

 「我流」を悪いとは思わないが、
基礎がなっていないのではないか?
というコンプレックスは、いまだこびりついて
離れない。それが自信につながらないのだ。
 それに「我流」を続けすぎたせいで、
習っても、「身」につくかどうか...

 こう考えると、若いうちに勉強しておいた方が
よかったなあ、と思う。

 いやらしい意味ではなくて、ヌードデッサンとか
やってみたかった。最近は、モデルを前にすると
裸が描けない画学生も増えているという。
とんでもない話しだ。

 親に金まで出してもらっていて...

 もともと、イラストはパソコンから離れるつもりで
はじめたのに、画像探しに結局前より
へばりついている有り様。
...だめじゃん、これじゃ...

 でも、体のラインって本当に難しいですね。
実際「なんでヌードデッサンなんてあるんだろう?」
と思っていたけど、自分で描いてみて、
ようやくその理由がわかった。

 「難しい」のだ。

 あと、女性画は「枯れた方がよく描ける」という
話も聞いて、「EDの自分なら」と思ったこともあるが、
現実は、著名な画伯の作品の裏には、
自身の抑えられないエロのはけ口にも
なっていたらしい。それを考えると
今までが「人間らしくなかった」のかもしれない...

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№536 パルコ歌舞伎.決戦!高田馬場

 06年2月24日観劇。

 初の歌舞伎観劇。
パルコ歌舞伎と称する
三谷幸喜脚本演出。
見た感じ三谷さん自らが
おっしゃっているように、
お手伝い的に色合いを
添えている感じで、
出演されている歌舞伎
関係者が脚本を元にして
作り上げた舞台という
感じがした。
だから三谷脚本故ということ
ではなく、歌舞伎そのものが
実は面白いものもあるんだよ
って言うことを見せたい
舞台だったんじゃないかな
と思う。

 イナバウアーやらカーリング
やら小力ネタまで挟んで
見せるあたりはただ者ではない。
決して伝統芸能という名前
にあぐらをかくことなく、
あくまで大衆演劇としての
視点を失っていない歌舞伎の
真の姿がここにあるのだと思う。
これが歌舞くという姿勢なんだろう。

 楽日まで一ヶ月
(しかも一日二回公演!)休みなし
で走りきったという鉄人ぶりも凄い。
そしてこれはやはりナショナリズム
という事でなしに日本人を否が応
でも意識させられるものだった。
それが他国をおとしめることなし
に感じられるというのが
素晴らしいのだ。

 ラストが映画の止めみたいに
してくれていたらもっとよかったのだが、
走るシーンで終わりだと
「え、ここで終わり?」って感じが
したのがマイナスだったけど、
それ以外は完璧だった。

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№333 マスター.オブ.リアル.カンフー大地無限 

 05年5月28日観賞。
ジェットリー主演のカンフー映画。
破滅的な強さで寺を追われた
兄弟弟子が、外界で各々の
目的の為に道を違え、
対立していく過程が劇的。
カンフーをロボットに置き
換えれば、富野アニメに通じる
ものがある。道が「女」に
入れ替わるとまんま。

 道のために友をも裏切り、
裏切られた側はその心の傷を
いやして立ち上がり、一周
回って本来なら寺で修練して
手に入れるべき真理を手に
入れる。倒された側は、
友も惚れた女をも、とりあげた
上司ですらも出世のために
犠牲をいとわず、結果として
最後に全ての人心を失って
しまうという悲劇。

 常に縁であり、円であると
いう太極の真理が物語の構成上
でもきちんと顕わされているのが
また面白い。

 ジェットリーの修行シーンで
使われている挿入歌には
「真の己の力は自分の目には
見えない。穏やかな心を持って
いるならば-善も悪も受け止め、
心は豊かになる。嵐の後には
平穏が訪れ、天が道を示して
くれる。何事も構えずにいけ。
無情こそ真の愛。無欲になれ、
全ては天命のままに」とある。

 道教の教えが根本にある
ようだが、単に教えとして
大上段から構えてものを言う
のではなく、二人の異なる道を
歩むことになった人間像を通して、
それぞれが苦しむ中で道を
示しているのが面白い。
冒頭で破門になった際に
師匠が手渡してくれた太極拳の
指南書が結果として、強くなる
ための手引きではなく、心を
鍛えるためのものであったと
いうのも興味深い。

 一時間半という短い間に
きちんとした筋立てで、アクションシーンも
豊富。考えてみるに、大陸にはこうした
立派な思想があって、それが日本
にも伝わっているのに、中国も日本も
なんでこうなってしまってるかなあ
と思う。

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№329 キラータトゥー 

 05年5月25日観賞。

  今日は「キラータトゥー」を見る。
タイアカデミー5部門で受賞した
と言うだけあって、非常に面白い。
銃と麻薬がこんなにあっけらかん
と描かれているのはお国柄なのか。
どっか悪いことをしていると
いう雰囲気があんまりない。
近未来という設定でそういう
終末感を描きたかったの
だろうけど、あんまり違いが
分からない。「マッハ!」と
比べても余計にそう。

 「マッハ!」でもそうだが、タイ
まで行くと悪役外国人はアメリカ人
ということになるらしい。
日本人も出ることは出るが、
悪役という点で万人が
ピンとくるのは欧米人という事
になるのだろうか。
この辺が同じアジアの大陸
映画でも中国系とは微妙に
温度差が感じられる。

 その割にはアメリカ文化に
対する屈しきれぬ憧れみたいな
ものがあって、特に画面づくり
の影響など、作中に台詞でも
出てくる「ハリウッド映画の見すぎ」
の要素が多分に感じられる
(マトリックスって凄いんだな....)

 登場人物の設定はそれぞれが
面白い。警官殺しを依頼されて
集まってきた殺し屋各々に銃に
まつわるトラウマがあって、
それを超えるために結局銃を持ち、
新しい自分と他人のトラウマを
作り出していくという、暴力では
何も解決しないと言うテーマが
底辺にある。

 悪夢は人の心に生じる。
だから人の命ではなく、人の心
で許すのだという仏教感溢れる
死生観は日本のそれにも
通じるものが感じられる。
仲間を誤解でうってしまった
殺し屋が、その娘に「許して
欲しい」と言ったときに
「貴方は許せたか?」という
娘の問いかけが重い。
同じテーマで描いても
アメリカではこうはいくまい。

 「マッハ!」で三の線の
ハムレイ役を好演していた
ペットターイ.ウォンカムラオ
がこちらでも同じ様なキャラ
の殺し屋.ドッグを演じて
いるが、軽い演技が重いテーマ
をより鮮明に浮かび上がらせて
いる。ドッグにしろハムレイ
こういうキャラが一人いると
話が締まって見える。

 それにしても何でエンディング
は決まってNG集なんだろう?
「マッハ!」ならあのアクション
の大変さを訴える意味で、
逆に必要だったけど、
この作品にはあれは
いらなかったような気がする
が...

 確かに後味の悪い映画では
あるのだけど、ことさら
フィクションを強調する為なのか?

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№328 マッハ!

 05年5月24日観賞。

 ラスト尺が切れていた。
録画失敗。後に再放送を
録り直して改めてみる。

 それはともかく、村から
盗まれた仏像を取り返しに
行くだけの話しがなぜに
こんなにおもしろいのだろうか。
基本的に仏教思想が強く、
どこの国でもありがちな
他を貶めて自分の正当性を
誇示する表現はあるものの、
それを気にとめさせないだけ
のアクション。エンディングで
ながされるメイキングで
見せられた、本当にワイヤー
を使わないアクションの数々。
しゃれにならないくらい
寸止めが効かない蹴りやパンチ。
本当にバシバシ入っている。

 流血や怪我は当たり前というか、
鬼気迫るものすら感じる。
凄いプロレスを見た後のような
壮絶な感動がある。バチバチが
映画の世界にもあったという感じ。

 基本的にムエタイベースで、
ジャッキーチェン辺りのアクション
を参考に魅惑的なアクロバットを
作り上げているが、ブルースリー
ほど実戦指向はないみたい。

 あとタイならではというか、
オート3輪の市街地アクションが
四輪のそれとは明らかに違っていて、
面白かった。国の特性を有効に
使いきったという意味でも、
独創性溢れるものになっていた
と思う。結局考えるよりも
ひたすら動け、ということだろうか。

 最後登場人物達のエピローグ
が語られたのは主人公のみで
結局仏像がもとに戻された事が
でかくクローズアップされていた。

 普通、人間の物語を描く場合、
動いた人間主体で描かれるものだが、
この映画は逆。
その分、あれほどの動きを命がけ
で行うことで仏教に対する思いの丈
を描きたかったのであれば、
これはもう十分成功していると
言えるだろう。

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№320 七人の侍

  05年5月16日観賞。

 かねてから録ったまま
見たいと思いつつ、もう
12年も過ぎていた。
尺が長いので病気で家に
いる機会でもない限りは
なかなか見られないだろう。

 「生きる」はまだしも、
「七人の侍」は名作過ぎるが
故に、あまりにも色んな
シーンが他の作品に
流用されているため
(例えば、助っ人探しのため
やってくる侍の実力を不意打ち
で確かめるシーンや、花畑で
男装した娘をそれ気づかず
にせめて、もみ合いになって
その間に本当のことに気づく
シーンなど)、正直手垢に
まみれたオリジナルを見る
のはどうだろうというのと、
万人が万人皆誉める映画
って...という食わず嫌い
から(「生きる」は複数回見て
いるのに)、これまで一度も
見なかったが、なにがどうして
そういう凡人の心配は
やはり些細なことでしかなかった。

 とにかく画面から伝わって
くるものが圧倒的。言葉では
表現できないもの凄さである。
しかも見てもいないのに
別の作品を通して知っている
色んな名シーンのオリジナルは、
手垢にまみれているにも
関わらず物凄く新鮮に見えた。
これが何よりも凄いと思った。
他の黒沢映画でも多分
ここまではいっていないと思う。

 全ての条件と才能が奇跡的
にマッチングでもしなければ
こんな作品は出来ないし、
それを呼び込めたという
ことだけでも黒沢監督が
巨匠たるにふさわしいと思えた。 

あと、この作品では野伏側
からの視点はほとんど
描かれていない。そこまで
描いてしまったらおそらく物語
がぼやけてしまうからかも
しれない。ただですら長い話
な訳だし。対立概念を二方向
から描くことは素晴らしいと
されているが、この映画のように
一方向からの視点で全ての
対立概念を描くことも可能
なのだということは教えられた。

 しかし、これはとてつもなく
大変な作業である。これは
同時に凡人には出来ない
仕事でもあるのだ。

    後にオリジナルを見たことで
同作のアニメ版「SAMURAI 7」
を見たときに非常に役立った。
両者の比較対照と、それぞれ
の魅力が伝わって倍
楽しめたからである。

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№309 少林寺三十六房

  05年5月5日観賞。

 今日は勢いでもう一本。
少林寺三十六房を見る。

 いわゆる昔ありがちな
ど素人が眠れる才能を
開花させて、努力を重ねて
強くなる話。その過程を
大切に描くのはわかり
やすいのだが、話を詰め込み
すぎててメインの悪の将軍と
の対決がはしょられて
あっさり終わってしまっていた。
勿体ない。

 結構きちんとした高度な
演武を見せてもらっただけ
に惜しい。だからこそこれを
更に突き詰めたジェットリー
の「少林寺」の完成度は
群を抜いていると思う。

 少林寺ものは、色々あって
ジェットリーのそれを除くと
ごっちゃごちゃに覚えていて、
特に「木人拳」と比較すると
この「三十六房」は割とまとも
な映画であるという記憶が
あったのだが、こんなに
穴があるとは思わなかった。 

 日本だと悪も正義も同じ
民族同士なのだが、
さすがに台湾や大陸は
侵略の歴史があるせいか、
抵抗運動に対する感情移入
の度合いが決定的に違う。
こういう活劇においても
徹底しているなと感じた。

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№234 パッチギ!

 念願かなってやっと見終えた。
のどに引っかかった感じが
ずっとあって、見なければと
言う焦りになっていたほど
だったが、やっとすっきり
できた。

 「チルソク」と比較すると
バイオレンス色は強いが、
なぜか同様にテロップに
文科省の名前が。
「イムジン河」を放送禁止に
したのも、国家権力のはず
なのに何かおかしかった。

 言いたいことは3つ。
まず思想色の強い映画では
なかったこと。やっぱり井筒監督
はアンタッチャブルなものでも
十分エンターテインメントに
できる人だなと言う感想がひとつ。

 二つ目は「チルソクの夏」も
そうだったが、共にフォークが
効果的に使われていたのは
印象的。年代は「パッチギ」の
方が少し古いように思うが、
ほぼ同時期を舞台に国境を
越えた恋愛を描いたという
点でも対照的。

 3つ目は自分の中で「チルソク」
より「パッチギ」の方を上位概念
として勝手に位置づけていた
のだが、見終わってみれば
両方とも大好きになれたこと。
これは意外だった。
重いテーマを頭からたたき
つける(「パッチギ」では
そのまんまのシーンも
多かったけど^^;)感じではなく、
双方とも実は心に染み込ませる
ような映画になっていたことも
共通していたと思う。
素晴らしい映画だった。

 余談ながらヒロインの一家
が下関、徳山を経て京都に
たどり着いている下りが
台詞で説明されている。
全く無関係ではないのだと
言うことを強引に主張したい。
 また特撮ファン的にも主演の
ハリケンレッドに、仮面ライダー
クウガ、そしてライオン丸G
の獅子丸とオールスターが
ずらり。これも楽しみの一つと
して付け加えておきたい。

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№190 大阪に憧れた男とポリスマン

  前回まで書いていた
「作画グループ」は大阪が
起点となって出発したらしい。
私の生まれる前から存在
しているというのがまず
凄い話だが、そうでなくても
私と大阪との縁は深い。

 前にも書いた南海ファン
の従弟は大阪の人間。後に
近鉄ファンになった事で、
ますます距離の近さを
感じていた。更に後年気が
狂ったように大阪に行き
まくっていた時期もあった。

  まあ、後年の話題はまた
の機会に譲るとして、ここ
からは大阪との出会いから
語っていこう。
  はじめて大阪を意識した
のはやはり万博という事
になる。実は私は行っていない。
連れていってもらえ
なかったのだ。
当然行きたかったから
普段はあまり我が儘言わない
私だったが、連れていって
ほしい旨は訴えていたと
思う。
まあ当時の経緯なんかは
何も私が話さなくても
浦沢直樹さんの
「20世紀少年」とか、
傑作の誉れ高い
「クレヨンしんちゃん.
嵐を呼ぶモーレツ!
大人帝国の逆襲」に
詳しいのでそちらを
見ていただきたい。
いけたにしろ、いけ
なかったにしろ当時の
子供達の思いにそんな
に大差はなかったはず
なのである。

  万博公園にはじめて
行ったのは中学生くらい
の時だっただろうか。
当時明石に住んでいた
叔父に連れていって
もらったことがある。
普段は温厚でにこやかな
叔父が、たまたま入った
食堂の店員の態度が
悪かったのか、珍しく
怒ったことをよく覚えて
いる。

 また当時夢中だった車の
展示イベントをやっていた
のを思い出す。といっても
それはいわゆるスーパーカー
ではなく、警察ものの一大展示
イベントだった。そのほとんど
が個人所有であるという
それはいうまでもない、
ポリスマニアにして、
「シベリア超特急」の生みの親、
水野晴男閣下が主催する
ものだったのだ。

 当時は勿論晴男ちゃんが
「あんなひと」で「こんなひと」
(笑)だったなんて知る術もない。
ただイベントそのものの極めて
ストレート?な迫力に圧倒される
ばかりだった。
ただ今でも覚えているのは、
パンフの表紙ににこやかに
警察の制服を着た水野閣下が
でかでかと写っていたこと。
もっていればお宝なのに、
これも紛失してしまった。
無念!

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