№1455 本当にはまっていいの?

 異性がこれにはまっていても許せる趣味ランキング2009

http://ranking.goo.ne.jp/column/article/goorank/9007/

 1.3.5.10位は私の趣味と言ってもいいと
おもいますが、これにプロレス、イラスト、アニメ、ラジオ
まで加えると、確実に許してもらえそうにない...

 そう、マンガは入っていて、アニメがない。
ここらへん微妙ッすね。

 さらにイラストが入っていないのも、ラクガキスト
としては不愉快です。

 理解してもらえないなら、理解者なんかいらない。
私はそういう姿勢で、これまでやってきました。
短い間なら、いたこともありますが、
あまりの狂乱ぶりに、みんな離れていきました。

 そう、私を理解できるのは、私しかいないのです。
拙ブログに書いている事なんて、しょせん読者を
意識していますから、思いっきりアクセル全開に
することもないですし、してもつまんないですしね。

 最近は、そこらへんのさじ加減の微妙さを
覚えることが快感に変わってきました。

 しかーし、そ.れ.で.も.ダメなときはダメなんですよねぇ...
どんだけ抑えればいいんだって話しで。

 やはり「俺が、俺が」では、理解は得られません。
相手を求めるなら、相手を受け入れること。
これをしないといけません。

 でも、たまーーーーーーに、話を聞いてもらえると
普段滅多に人と会話することのない私は、ついつい
うれしくなって、嬉々としてしゃべり過ぎちゃうんですよ。
そこが、私の長い独身生活という形になって
現れていますよね(泣)

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№1408 やっぱり大学4年間

コネタマ参加中: 今までいちばん楽しかったのは何歳?



 3つある。

 ひとつは幼稚園の時。
最初は母に連れて行ってもらわないと、
いけなかった幼稚園も、同好の士(怪獣好き)
が見つかって、3人で入り浸るようになってからは、
必要なくなっていった。

 その友達のうちで、レコードプレイヤーで、
ソノシート版を聞く会をやったり、好きな
怪獣の絵を描いてみたり、とにかく楽しかった。

 3人のうちの一人が「ワイヤール星人」好き
なやつで、彼の影響で「ウルトラセブン」を
見出した記憶がある。

 ただ、幼稚園は短かった。
小学校になると、仲良しとは校区が違うために
離ればなれになり、優しい人ばかりだった先生も
小学校はいると、急に厳しくなって、
「こんなところいたくない...」とずーっと思って
義務教育を終えた。

 高校時代は、「そんな自分」と決別しようとして、
敢えて「明るいキャラ」をつくって見せていた。
表面上は楽しかったし、友達も出来たけど、
一生モノにはならなかった。

 そして、大学。
やはり、ここが今の礎の一つを作ったのは
間違いない。学校にもきちんと通って、
終われば、下宿へ一目散。

 始終テレビ見ているか、ラジオ聞いているか、
ラジオ聞いているか、まんが描いているか...
大学と平行しながら、プロへの道を捨てきれなかった
私は、いろんなところに投稿を繰り返していた。
気分だけは、プロ級で、意味もなくラジオを聞きながら、
徹夜を繰り返してみたり、丸2日くらいねないで、
学校へ行ったこともある。
授業中も眠らなかった。
 そのくらいテンション.ハイになっていたのだ。

 それがとにかく楽しかったのだ。
友達は少なかったけど、一人で自由に出来る
24時間のありがたさを、ここで知った。
ホームシックなんて問題外であったのだ。

 まんがの方は、あいにく成果が出なかったけど、
ハガキ投稿は、「もう一歩で常連」のところまで
来ていた。

 地元のタウン誌にも積極的に投稿していた。
プレゼントに釣られて。
コンサートチケットや、映画のチケットを
これでかなり当てさせていただいた。
 おかげで貧乏学生のくせに、
かなり、色んなモノを見聞できたのは、
今となっては、とてつもない財産になっている。

 そして、20代終わりの頃。
プロレス観戦のため、全国を飛び回り、
多くの「一生モン」の友達を得た。
「旅」と「プロレス」は私に、新たな希望と
楽しさを教えてくれた。

 ただし、これを一番にしなかったのは、
私生活がダメダメだったからである。
結婚を焦っては、見合いや紹介で出会った
人とのデートを、ことごとく失敗し、会社では
業績不振で、長いこと針のむしろにも座らされた。
週末になると思うことは「下関にいたくない」
それだけだった。

 だから、その代わりとして、「楽しいこと」があった
というわけで、トータルすると必ずしもすべてが
楽しかったわけではない。

 となると、一番記憶に残っていて、もう一度
ああいう生活がしてみたいと思うのは、
「大学時代」ということになるか...

 今でも学生時代で夢に出てくるのは、やはり
大学時代しかないし...

 図らずも、闘病生活のおかげで、
日々の苦しみと引き替えに、自由な時間が
与えられてしまったのは、皮肉な話しだけど...

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№1247 宇宙人襲来

コネタマ参加中: エイプリルフール、秀逸だったのはどんなネタ?



 これが4月1日の出来事だったかどうかは
定かではないのだが、昔アメリカのラジオ局が
全放送をあげて「火星から宇宙人が侵略に来た」
というまことしやかなウソを、真剣にでっち上げ
全米を恐怖のどん底に落としたことが
あったらしい。

 テレビのない時代に、耳だけで得る情報は
そりゃ脳の中でふくらむだけ、ふくらんで、
そりゃ大変なことになったんじゃないかと
思う。いくらジョークが好きな欧米でも
これはやり過ぎという声もあったみたい。

 つくならこれくらいの大嘘をついてみたいものだが、
落語にある「うそつき村」くらいのうそもおもしろい。
大風で富士山が傾いて、それを支えるのに
線香三本もって父ちゃんが出かけていった
というウソは子供の頃から好きである。

 後、拙ブログには何回も出てくるが、
「日本一のホラ吹き男」の大ボラは
何回聞いても気持ちいい。
あれは有言実行の典型的な例だと思うから
ウソには入らないのかもしれないけど。
突拍子もないことを現実にしてしまうのも、
ウソの醍醐味かもしれない。

 ちなみにこういうネタも発見。笑いました。

http://009ing.com/

 今日しか見られないそうです。急げ!

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№1202 これだけは言わずにおられない!完結編

コネタマ参加中: アニメキャラクターで一番好きな声は?

 森功至さんという声優さんをご存じだろうか?
初代009や、マッハGO!GO!GO!の三船剛、そして
科学忍者隊ガッチャマンの大鷲のケンなどで
我々世代には大人気の声優さんだった。

 まだアニラジなんてものが存在していなかった
中学時代。KBC九州朝日放送がとんでもない
番組を作っていた。
それは「KBC日曜バラエティー体当たり大放送」。
体裁はお昼のワイド番組なのだが、
このパーソナリティーに、わざわざ東京から
森さんを呼んできたのだ。
しかも生放送。

 日曜の昼間は外にも出ず、ラジオの前で
釘付けになっていた。なにせ声優さんの
ラジオがいち地方で聴けるのだ。
それは革命的な出来事だった。

 確かにアニソンはほんのわずかしか
かからなかったし、ワイドショー
という形態は基本だったのだが、
ここにとんでもない企画が登場する。

 題して「日バラ学園」。
リスナーから声優志望の人を募って、
ラジオドラマをやったりする企画なのである。
これは応募したかった!!!
勇気がなかったけど。

 まだ都会に声優の専門学校が出来る前
だから、いかに画期的かおわかりいただける
だろうか?
 こうして出来た期間限定のこの企画は
森コーチの厳しい指導も織り込まれ、
好評のうちに終了した。
今でもその「卒業式」を録音したテープが
どっかに眠っているのだけど、もう聴けないだろうなあ...

 とにかく、森さんの生声が聴けたと言うだけで、
地方では夢のような番組だったのだ。

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№1201 これだけは言わずにおられない!その三

コネタマ参加中: アニメキャラクターで一番好きな声は?

 日本初のタイトルに「アニメ」がついたラジオ
番組をご存じだろうか。
そう、今や伝説となって語り継がれている
ラジオ大阪が生んだ「アニメトピア」である。

 私は大学時代に聞き始め、たちまち虜になった。
聞き出したのは2代目(田中真弓、島津冴子)
になってからだったが、とにかくおもしろかった。
アニメと名がついているのに、ほとんど関係ないしゃべりで
大阪発らしいある意味「いっちゃっている」ラジオ
だった。特に準レギュラーの三ツ矢雄二さんの
悪のりぶりはすさまじく、下ネタも平気で飛び出していた。

 パーソナリティーがレコード出したり、
イベントやったり、そりゃその勢いは凄かった。
大阪発で東京にネットもった最初の番組かもしれない。

 下関に帰ってから、どうしてもこのイベントに
行きたくなり、申し込んだ。
ところが当時一人で旅行する度胸のなかった私は
先発で行かせた妹だけを大阪にやってしまい、
自分は新門司からフェリーで大阪へ向かう
はずが、お金が足りなくなり、泣く泣く下関駅に
引き返して、駅から「徒歩」で、家まで帰る
羽目になった。

 本当にとぼとぼ歩く様は今考えても
みじめだった。後で妹にこっぴどく怒られたが、
それより車で30分かかるところを
よく歩いていけたものだと今でも
ふしぎでならない。

 結局イベントには行けなかったが、
後に週一くらいの割合で大阪に
遊びに行っていたことを考えると
一体あの時びびった原因がなんだったのか、
自分でもわからない。

 ちなみにこの記事を書くに当たり、
ウィキを読んでいたら、「アニメトピアR」
として約10年前に復活していたことも
判明した。なんかスネークマンショーの
ような雰囲気の番組だったそうで、
これは聞いてみたかったなあ...

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№1171 夢の対戦カードその他編

コネタマ参加中: あなたの見たい夢の対戦カードは?

 「夢の対戦カード」シリーズ、トリは「その他」編。
書き残したものから、カテゴリーに入りきれなかったもの
まで一挙放出いたします。

☆必殺仕事人対大江戸捜査網
 これはどのチームを選択するのか、
あるいはオールスター戦にするのかで
だいぶん変わってくると思う。
時代劇最大の夢の対決と言っていいだろう。
スーパーロボット大戦みたいにゲーム化
もされていないし。

☆中村主水対宮本武蔵
 こちらは実在の人物と、空想上の人物の
対決。時代は全然違うのだけど、
必殺の時代設定は割と柔軟なので
その辺は問題ないだろう。
場所を決めて決闘するより、
誰も見ていないところで
すれ違いざまに勝負が決する
感じがいいかな。

☆東方不敗対東方不敗
 こちらは「Gガンダム」に登場した
「東西南北中央不敗」と、ブリジット.リン
演じるところのスウォーズマンシリーズの
「東西方不敗」の対決。
おさげじじい対おかまの対決なのだが(笑)
すご技使いと言うことでは両者一歩も
譲らない。アジアを代表する夢のカードですね。

☆コサキン対ナイナイのオールナイトニッポン
 ラジオ史にその名を刻む対決。
実際、ナイナイが台頭してきたことによって、
コサキンの時代はひとまず集結ということに
なったと考えるのが正解かもしれない。
  しかしラジオ界が勢いのある頃、ラジオ
雑誌によるアンケートでは常に一位を
独占していたコサキンにナイナイの
全盛期をぶつけたらどうなっていただろう。
非常に興味のある闘いである。

☆梶原一騎対アントニオ猪木
 これは、タイガーマスクの著作料を
めぐる金銭のごたごたから
猪木が梶原サイドに監禁されてしまったものだが、
これがリング上にもちこまれていたら
どうなっていただろう。
「俺に恨みのあるやつはまとめて
かかってこい」と猪木が現役当時
吼えていたなら、いくらでも対戦相手が
でてきただろう。そういう意味では
実際に闘っているところを見たかったカード。

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№1139 こりゃシャクだった

コネタマ参加中: 聴くと気合が入る曲を教えて!

 この三月で終わるTBSラジオの「コサキン」。
ここから学んだものの一つとして、
ハナ肇とクレージーキャッツの存在がある。
私らはドリフ世代なので、その一つ前の
クレージーの映画を知らない世代である。

 最初の接点はタイトルにある通り
「こりゃシャクだった」という曲。
あの「スーダラ節」のB面だった作品である。
もうちょっとでうまくいきそうなのに、
いつも詰めが甘くて失敗してしまう
主人公を植木等さんが例の口調で
「ははっ、こりゃシャクだった」と
豪快に笑い飛ばすという歌で、
最初はカルチャーショックを受けた。
日本にこんな名曲が存在していたのかと。

 それからは狂ったようにクレージーの
色んな映画を見ていった。
中でも最高傑作の呼び声高い
「日本一のホラ吹き男」

https://app.f.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=8000779&blog_id=79925


これには本当に気合いと元気、勇気をもらった。
「こりゃシャクだった」がクレージーソングの
最高峰なら、この映画はクレージー映画の
最高峰である。

 とにかく私の人格形成の中に多大な
影響を与えたクレージーキャッツ。
多感な十代最後から二十代前半に
出会えたことを心の底から幸運に思う。

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№1132 コサキン27年の歴史に幕

 「TBSラジオ.コサキン.27年の歴史に幕」

http://www.sanspo.com/geino/news/090203/gnj0902030504010-n1.htm

 放送27年の歴史のほとんどと私の人生は
ともにあった。考えてみれば関根真理ちゃんが
産まれる前から放送はあったのだ。
番組企画で、名前を募集して「ふぉろーみー」
(当時のラビー=関根さんがムックン=小堺さん
にフォローばかりまかせるためについた)
になりそうになったりもした。
考えてみれば、現在までの人の半生を
リアルタイムで知ることが出来たなんて
凄い話しである。
 真理ちゃんはどっちかというと我々リスナー
からすれば「娘」のような感覚だった。
同じような感覚があるのはプロレスラー
浜さんの娘、京子ちゃんくらいか。

 社会人になってからイベントに2回行った。
今はなき、東京.汐留ピット、そして日本武道館。
たぶん武道館でイベントをやった初のラジオ番組
だと思う。私は前列の方に座っていたのだが、
後ろを振り返ったときの人の壁に圧倒されて
すげえなーと思ったものだった。
今はなき染之介師匠の芸も見られたし、
売れる前のルー大柴さんも見られたし、
若き日の沢口靖子さんが生でぴあ読んでくれたし。
武道館の時は帰りも大変で、九段下を駆け下りて、
大急ぎで最終の新幹線に乗り、
途中名古屋で寝台に乗り換えるという荒技で
帰り着こうとしたのだが、それでも間に合わなくて、
人生初にして唯一の遅刻をしてしまい、上司にこっぴどく
怒られたことも含めて、忘れられない思い出である。

 このふたつの会場で上映された自主制作映画
「コサキン仮面」は私にとって忘れられない作品である。
コサキンのお二人と、リスナーが参加協力して、
雨の中作り上げたばかばかしい作品なのだが、
ここに、後々週刊プロレスの投稿常連会で一緒になり、
今もリンク先さんとしておつきあいのあるきょ仙さんが
出演していらしたのだ。

 つまり彼と出会う前にスクリーンの中と外で
出会っていたというわけ。住むところも千葉と下関
とはなれているのに、こんなご縁でお友達に
なった方もいらしたのだ。

 最近は鬱の関係もあってほとんど聴けていなかったのが
悔やまれてならない。とにかく、布団の中で笑いを殺して
引きつりそうになったことが何度あったか。
妹や今はなき祖母に何回注意されたか。
今も約20年分くらいのテープがうちにはある。
たとえ聴けなくなっても墓場までは持って行きたい。
私にとってラジオを人生の一部にしてくれた
コサキンには感謝し尽くしてもしつくせない。

 徹底的にインドア派を自認してきた私にも
そろそろ転機が訪れようとしているのかもしれないな...

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№701 深夜ラジオはあつかった。

  人生においての礎になったものは
すべてこの時代に得たものが多い。
アニメ、漫画は別にして、プロレス、特撮、必殺、映画...
すべてこの時代に出会ったものばかりである。
その中で忘れてはいけないのはラジオとの
出会いがあろう。厳密にはすでに小学生くらい
からずっと聞いていたのだが、時間が許される
ようになってから、深夜放送に手を染めていた。
これはつい最近まで録音してまで聞く癖が
抜けなかった。中でも今もってその歴史が
紡がれている「コサキン」は私の心をとらえて
放さなかった。世の中にはこんなにおもしろいもの
があったのかと、感動にうちふるえたほどである。
後に社会人になってから、汐留と武道館という二つの
イベントに参加することになるのだが、これはまた後日。

 「コサキン」以外でもいろいろな番組を
聞き続けていた。もちろんオールナイトニッポンだって
聞いていた。中でも谷山浩子さんの木曜2部はとりわけ
あつい番組だったと記憶している。
番組で谷山さんの新曲のシングルジャケットを局
に送ると、谷山さんがサインして返してくれるという
企画があったのだが、結局今に至るまで返ってきて
いない(笑)こういうゆるさも深夜放送のいいところ
であり、悪いところでもあった。

 この時代はいろんなところに投稿していたと
前に書いた。谷山さんのところもそうだったが、
「コサキン」は特に夢中になって投稿し、
何度か読まれた。今も地元ラジオに投稿する癖
が抜けきっていないのは、この頃番組で自分の
はがきが読まれたうれしさを忘れていないからだろう。

 そう目に見えない相手とのやりとりを楽しむ
術は、当時ラジオしかなかったのだ。あり余る時間
はいろんなことを可能にしてくれた。
今は時間はあっても、ほとんどが治療のために
使われているため、あのときとは感覚が全然違う。
忘れ得ぬ貴重な時間に対して、心からありがとうと
いいたい。

 また機会があったら、大学生活のことを
書いてみたいと思う。とりあえず、今回は
ここまでとしたい。

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№514 AMステレオ撤退、そして...

  今年4月1日をもって全国で初めて、
KBC九州朝日放送がステレオ放送
からの撤退を宣言。
モノラルのAM放送に戻したという。

  私がAMなだけに、ステレオ云々に
一過言あるのではないが、
最近聞かなくなったとはいえ、
AMにステレオはいらないという
考えの持ち主だったので、
別に感慨も何もない。
ステレオ対応の機種ももって
いなかったので、ついにステレオ
放送を聞くことなく、終わりを
迎えそうである。

 そもそもこの度の新聞報道
にしたって6月に記事になっている
位なのだから、いかに世間的にも
歓心がないかが伺えよう。
聞けば、全国でステレオ放送
している局は首都圏含め
10数局しかないという。
おまけに電波はその首都圏でしか
拾えない。その上受信機も
高いと来ている。
大手メーカーもいつの間にか
生産から撤退しているし、
売場ではAMステレオの存在
すら知らない人もいたそうだ。

 なんだか地デジの末路を
見ているみたいで、一抹の不安もよぎる。

 本当はいちラジオ好きとして、
過ぎゆく時代の流れに感慨深いもの
をかきたかったのだが、一度も聞いて
いないんじゃ、感慨の持ちようもない。

  まあ、すきにやってよ、ということくらいかな。

追伸
Photo_55  みちのくプロレス、
藤原組で活躍し、
先日自殺された
クリス.ベンワー選手
のタッグパートナー
だったウイリー.ウイルキンス
ジュニア選手が20日
お亡くなりになったそうです。
...合掌。

 そして中江 真司さんが
28日午後0時30分、肝細胞がん
のため東京都小金井市の病院
で死去、72歳。東京都出身。
 「仮面ライダー」シリーズや
「特捜最前線」などのドラマのほか、
「トリビアの泉」「クローズアップ現代」
など多くのテレビ番組でナレーター
を務められた。忘れようったって
忘れられない声の持ち主の方です。
 なんとも言いようがないです。
悲しすぎです...


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