king-of-hearts.cocolog-nifty.com > 劔覇千王気炎弾(アルバム.風景其の弐)

一.維新発祥の地

一.維新発祥の地

 という石碑が元.職場の近くに立っています。
辞めてから久々に用があって近くまで
行きました。

 実はハンドルネーム.モンスターAMの「AM」
の元ネタでもあります。
正直言ったもん勝ちの様な気はしないでも
ないです。どっかに由来が書いてある
はずですけど。急いでいたので見落としました。
割と普通にこんなものが点在しているんですよ。
下関って。


二.旧英国領事館

二.旧英国領事館

 現在は資料館と一階が喫茶店になっています。
こういう場所でお茶を飲むとなかなか雰囲気が
あっていいものです。
 
 でもここは忘れもしない20代終わり、
はじめて見合いして轟沈させられた場所なのです。
私にとっては苦い思い出しかありません...


三.唐戸から下関駅方面

三.唐戸から下関駅方面

 陸橋の上から撮りました。
右手に結構古い建物が並んでいるので
こうして撮ると何か別世界みたいですが、
肉眼で見るとなんてことはない
日常の風景。観光客がありがたがる光景も
住んでいる人にとってはそんなものかも。


四.下関観光情報センター

四.下関観光情報センター

 旧.秋田商会の建物として1915年に
建てられたもので、近年情報センターになるまでは
実はほぼほったらかしの状態でした。
 観光資源を有効に使おうとしだしたのは
本当に近年になってからです。


五.南部町郵便局

五.南部町郵便局

 写真 三.で情報センター隣に建っているのが
この郵便局。かなりリニューアルされていますが、
外見はほぼ昔のままを保っています。
今も普通に使われています。
 旧英領事館と道路を挟んで近接
していますが、陸橋が邪魔して
地上からの景観はあまりよくないです。
陸橋の上から見るといい感じでとれるんですけど。


六.海響館

六.海響館

 新.下関水族館。
実は一度もいった事がありません。
門司港や巌流島行きの船が出る
唐戸ふ頭に隣接する場所にあり、
写真二.の建物のほぼ向かい。
 結構アンバランスなんですよね。
この近代感が。

 余談ながら前職場で一緒に働いていた
人間がここで働いています。いつの間にか
出世して飼育員になって地元ニュースに
出ていたのを見たときはびっくりしました。


七.大嵐の巌流島

七.大嵐の巌流島

 唐戸ふ頭から船で行ける巌流島の写真。
といってもこれ北九州側から撮ったもの。

 ところが撮影当日はとてつもない大風で
波はへたすりゃ道路にまでバンバン
うちつけててとても近寄れないと言う
天候でしたが、なぜか沿岸の道路は
封鎖もされず普通に通れました(笑)
 しかし信号待ちの時はさすがに
ちょっと怖かった...


八.関門トンネル車道入り口 

八.関門トンネル車道入り口 

 ここは割と車が流れていて、
この角度からはなかなか
とれないのですが、たまたま
つっかえていて列が動かなかったので
撮りました。


九.長府トンネル

九.長府トンネル

 ここは出口に三叉路があっうて
信号が変わるとごらんのように
トンネル内で渋滞します。
素通りできると思って勢いよく
入ってきた車がたまに玉突きを
やらかして更に渋滞する事も
しょっちゅう。
 おまけに路側帯もなしに歩道が
ついているため、あぶなくて
しょうがない。歩行者が普通に
歩いているんですから。


十.西日本総合展示場

十.西日本総合展示場

 JR小倉駅裏の西日本総合展示場旧館前。
プロレスなどがくるときは
現在は隣の新館が主な
主催会場になっていますが、
最近は滅多に使われなくなりました。

 思い出としてはスーパーカーブームの
折り、ここで展示会を見に来たり、様々な
団体の試合も見てきたこちらの旧館に
思い入れがあります。 


十一.北九州国際会議場

十一.北九州国際会議場

 ここは西日本総合展示場隣にある
場所。かつて一世を風靡したクローズド
サーキット。全日本プロレス武道館大会を
ここで見たことがあります。なんといっても
忘れられないのは、そこで突然
画面の向こうのリングアナ
から告げられた「ダイナマイトキッド引退」
の報。それも試合終了後、なんのセレモニー
もなしに事実だけ告げられてさっさと
次の試合にいってしまったことで、違和感と
わだかまりを感じたまま終了。
 これが最初で最後のクローズドサーキット
体験でした。当然それ以降ここには行ってません。


十二.学校前の坂道

十二.学校前の坂道

 ここが小学校前の坂道。
ここは比較的緩やかですが、
この先が急な坂になっていて、
自転車で走っていくともの凄い
加速が付きます。
 「ヤマト2」見たさに必死で
自転車こいで塾からの帰り道
を急いだ思い出の場所です。


十三.我が小学校

十三.我が小学校

 で、その坂道のほぼ頂上付近にある
小学校。近場の二つの小学校から
児童数の増加に伴って新設された
経緯のある学校ですが、今は...
まだやっていますけどね。

 もう二度と訪れることはないと
思っていました。改めてきても
特に感慨はなかったなあ。
でも高校みたいになくなってしまうと
それはそれでいやなもんなので
写真撮りました。


十四.案内板はあるけれど

十四.案内板はあるけれど

 最近になってやっとこういう立て看板が
配置されるようになったものの、それまでは
ほったらかし。看板があるだけましともいえる
けれど...
(続く)


十五.地元の人間でも

十五.地元の人間でも

 かつて16年住んでいた人間でも
この表示の通りに行ってもわからない
くらいの所にこの史跡はあります。
だいたい地図で見たってわからない。
それがどんなものかというと...
(続く)


十六.どんだけ凄いものがあるのか

十六.どんだけ凄いものがあるのか

 と思ってきた見れば、裏通りの
さびれた通りにこういうのがぽつんと
立っているだけ。まわりは金網に
囲われているものの、史跡の案内も
なければ解説もない。
 隣はさびれた元ボウリング場だった
現.有料駐車場で、地元の人間でも
間違いなく素通り。だから住んでいても
全く印象がなくて、今回写真撮るに当たって
看板を頼ったところ道に迷う始末。
まさか住んでいた人間がこんな事に
なるなんて...(続く)


十七.高杉東行終焉の地近景

十七.高杉東行終焉の地近景

 これは十八の反対側から撮ったもの。
後側は市営住宅などの高層建築物。
昔は木造平屋の国鉄官舎街でした。
このあたりは一番劇的に変化した
場所かも。結構ギャップを感じました。


十八.民家の脇、裏通り

十八.民家の脇、裏通り

 多分高杉東行終焉の地碑近くの
案内板にも書いてあったはずけど、
その通りに行ったとして
まずたどり着けないであろう
場所にある碑。
 この脇を通って毎日小学校に通っていた
けど、地元だと当たり前すぎて
凄いという印象がない。(続く)


十九.高杉東行療養之地

十九.高杉東行療養之地

 で、これは近影。
だいたいこの場所は民家の脇、
車も通れない細い路地。
国道沿いからも遠く、駐車場もない。
こんな所誰が歩いて見にくるかって話で、
こういう場所など無造作に点在する
ものがあるというお話でした。


二十.高杉東行療養碑を経て

二十.高杉東行療養碑を経て

 坂を下ってくるとこのガード下に。
上を通っているのが山陽.山陰の両線。
意外と間近で列車が見えるポイント。
ガード下は人がやっと通れる程度。
この先は三角ベースをやっていた神社
に抜けます。
 この下をくぐるとかなりダイレクトな
「列車下」を体感できます。

 左に折れていくと私の元の家方面へと
行きまして


二十一.遊んだ公園跡

二十一.遊んだ公園跡

 ガード横を左に折れていくと
ここにでます。昔から草ぼうぼうでしたけど、
遊具も取り外され、すっかりただの空き地に
なっていました。子供が少なくなったと言うこと
を改めて実感。十数年ぶりに訪れて一番
寂しい光景でした。昔遊んだ公園も
今は昔...


二十二.厳島神社正面景

二十二.厳島神社正面景

 これは子供の頃よく遊んでいた神社の
鳥居。線路を挟んだ向こう側。
今も私用で近くは通りますが、
近くまで来たのは久しぶり。
 どっちかというと裏側から入って、
ここから出ていく感じで帰っていたので
あまり正面という意識はないのですけど。


二十三.厳島神社側景

二十三.厳島神社側景

 境内上に見えるのは太鼓がおいてある
社。お祭りになるとここで太鼓がたたかれて、
けっこうよく聞こえてきたものでした。
 このあたりからも見えるくらい
ずらっと夜店が並び、正面鳥居まで
列を作っていたものですが、
今はそこまでの盛況ではないんでしょうね。

 厳島といっても広島ではないです。
ただ、私的にはこっちの方が馴染みの
「厳島神社」ですけどね。


二十四.変わってない

二十四.変わってない

 子供の頃遊んだ頃のままになっている
通りです。久しぶりに行ってみて
びっくり。こういう場所が至るところに
あるのです。


二十五.変わってない2

二十五.変わってない2

 同じ通りですが、厳島神社より
になっています。こちらの上の辺には
高層マンションが建ってしまって
景観台無しですが、それを避けると
昔のままの光景が残っています。


二十六.エメラルダスが気になって

二十六.エメラルダスが気になって

 本文№95に出てくるお寺です。
真横に高杉東行終焉の碑があります。
隣は今は閉まっているけど、昔通っていた
目医者があります。 
国道沿いに出ると元旅館だった建物とか
そういうものも見られます。
結構この周りで写真を稼ぎました。


二十七.こんぴら橋

二十七.こんぴら橋

 ここは鉄道マニアの人とおぼしき
カメラマンが時たまベストショットを狙って
カメラを構えている姿をたまに見かける
ことがあります。どうみえるかというと
(続く)


二十八.山陰と山陽

二十八.山陰と山陽

 で、橋の上からどう見えるかというと
こう見えます。どの線路がどれかはわかり
ません。この近くにバス停があって、
塾帰りに利用しようとして挫折しました。


二十九.火の山

二十九.火の山

 昔はよく行ったものですが、今は
とんとご無沙汰しています。
去年麓の国民宿舎に親戚一同が
法事のために集まって、泊まったのですが
雨にたたられてせっかくの景観も台無し
...と思いきや、皆が集まったその日だけ
晴れて景色が拝めたのです。
 この時ばかりはちょっと不思議なものを
感じましたね。


三十.塩田跡

三十.塩田跡

 近所のスーパーの駐車場隅にひっそり
立っています。史跡なのに雑草まみれで
駐車場の看板に隠れています。
 塩田跡なんですが、スーパー進出前は
湿地帯の草むらで塩田のイメージは
当時からなかったです。
 地元でも気が付いている人少ないかも。